大潟村ほか 2008/12/29
(天王-船越) 07:30 雨のち曇り
(若美-大潟) 10:00 曇り
秋田の実家に2泊し,この日に仙台に帰ることとしていた。秋田を出るのはいつも早朝なのだが,仙台に着くのは夕方から夜にかけてとなる。真っ直ぐ仙台に向かえば3時間程度で着くのだが,なかなかそうもいかない。
この日も,大潟村方面にちょこっと寄ってから仙台に向かうこととした。私のこういう行動には,仙台の家族も,実家の親も,もう慣れっこになっており,最近は何も言わなくなった。
前日同様,まずは天王の江川漁港で鳥見準備を整える。

前日もすぐ足元にいたが,この日もすぐ近くにオオバンたちが浮かんでいた。前日に撮影していなかったので,この日は,手初めにオオバンたちを最初に撮影した。
水面に浮かんでいる何かを食べていたが,写真を見ても何なのかよくわからない。食べられるものなのだろうか。
オオバンたちがいた場所の杭の上にはカモメがとまっており,大きな声で鳴いていた。この周辺では,冬の風物詩の声になっている声なのだろう。感極まった感じで天に向かって鳴いて締めくくっていた。オオセグロカモメなどの大型カモメに混じるとめんこくも見えるが,こうした光景を見るとたくましさの方が際立って見える。
この杭はとても良いソングポストらしく,次々とカモメが入れ替わっていた。先にいて止まっている個体の方が体勢的に不利なようで,場所を奪い取りに来るカモメに常に場所を譲るはめになっていた。連写した写真を見てみると,噛みついたり,キックしたりと,一瞬の間になかなかのファイティングを行っているようだった。
船越水道に移動し,前日のコクガンを探すが,河口側の中州には見当たらず。海岸の砂浜に出て探してみるが,ここにもいない。どこかに移動してしまったのか。
船越海岸には少数のカモメ類が入っていたが,カモメのこんな光景を見ることができた。食べているのはブリコだが,四苦八苦して飲み込んだが,喉のあたりがぽっこりと膨らんでいる。
もう一度船越水道の方に戻ってみると,橋の下の砂州にズグロカモメが入っているのを見つけた。いるとは聞いていたが,このときまですっかり忘れていた。
まずは証拠写真として後ろ姿を1枚撮影した後,さらに向きを変えてくれるのを車内で待っていたが,突然飛んで移動してしまった。すぐ近くに人が入ったようだった。
しかし,近くの砂州に再び降りてくれたのを,すぐに見つけることができた。2羽が佇んでいる。さっき飛ばした人たちがまだ近くにいたが,落ち着いているようだ。私のいた道路上からはやや距離があったので,車を降りて寄ってみた。大丈夫のようだ。
ズグロカモメの視線とできるだけ同じ高さになろうとしゃがみこんだまま観察したが,角度を変えて見ると,水際が鏡のようになり,とてもきれいだった。
しゃがみこんだ姿勢のまましばらく観察していると,2羽のうちの1羽は盛んに口を開ける仕草をしており,まもなく飛んでしまった。船越水道に架かる男鹿大橋の下をくぐって,元いた場所に移動したようだ。
もう1羽もすぐに飛んでしまうだろうと,飛び立ちを期待し,しばらく待っていたが,こちらの方は全く飛ぶ気配なし。
残った1羽は次第にカモメたちの群れの方に移動して行ったが,途中,左端のような写真を撮影することができた。ズグロカモメは,カモメと比べるとこんなに小さなカモメだった。小さいのはわかっていたが,実際に並んで見るとそのサイズの違いに驚いてしまう。
宮城でも蒲生に何年か続けて来ていたが,2005年11月以来,見ていない。来ていてもわからなかっただけかもしれないが,とても残念なことだ。

さて,最初にズグロカモメを飛ばした方々は,大荒れの海が運んできたカキを拾っていたようで,バケツに山盛りにしたカキをニコニコ満足そうに持ち帰って行っていた。
ズグロカモメに飽きて引き揚げるとき,探してみると,まだ沢山のカキ(イワガキ?)が落ちていた上,カキ以外の貝や貝殻もずいぶん打ち上げられていた。
ホヤまで打ち上げられていたのにはビックリだった。
ズグロカモメに気を取られて気付かなかったが,ここは宝の山だった。

元々,生き物は何でも好きで,海では海藻や貝にも興味がある。
子どもが小学生の頃は,夏休みの自由研究で,息子には「虫」か「魚」をテーマにさせたことが多かったが,娘には「海藻」と「貝」をさせていた。「貝」の標本作りのときは,家の中に臭いがこもり,また,取り残した巻貝の身にウジを湧かせてしまった,ということもある。
とはいえ,私は採集の手伝いだけで,同定や標本作りの手伝いは妻がやっていた。娘と2人で結構はまっていたようだった。
貝に関しては,小さな頃の夏休み,従兄弟たちと入道崎の磯でクボガイやニシガイ(クボニシ),スガイ,コシダカガンガラなどを採って遊んだ楽しい思い出とつながっている。これらの貝は,地元(男鹿)では「シタナミ」と総称していて,味噌汁にし,マチ針で身を剥いて食べると絶品だ。
子どもの頃,夏はシタナミ,冬はブリコが,海からのおやつだった。
秋田でも,シタナミを食べるのは男鹿の人だけではないだろうか。内陸の人はもちろん,秋田市内の人もほとんど知らないと思う。男鹿では,みんな年取ってしまい,採る人もあまりいなくなってしまった。
シタナミのうち,ニシガイはたまに店で売っていることもあり,スガイは飛島の旅館で出されることもある。しかし,思う存分食べる機会は,夏に実家に行ったときに,男鹿の叔父が採ってくれたときくらいになってしまった。
漁業権があるだろうから,自分では採れないだろうしなぁ。
あぁ,食べたくなってきた。
脱線してしまった。
ここに打ち上げられていた貝のうち,カキやイソシジミ,アカガイ,ムラサキイガイなどは,ある程度目星が付くが,あまり見たこともない貝も打ち上げられていたので,一部を仙台に持ち帰って調べてみることとした。
今さっき,娘から図鑑を借りて調べてみたが,貝は鳥なんぞより種類が多く,とても面白い。特徴がつかめるようになってくればもっと面白くなるだろう。
時間があるのであれば1日でもここにいたかったが,大潟村方面をチェックして仙台に帰ることにしていたので,後ろ髪を引かれる思いでこの場を離れた。
大潟村に行く前に,ちょこっとタンチョウを見に行くこととする。しばらく前に秋田に飛来して,すっかり居ついてしまっているらしい。いるかどうかわからないハクガンなどより,まずはより確実なタンチョウを探した方が良い。
人をあまり恐れないそうだ。
ということで,旧 若美町(現 男鹿市)に向かう。
いるという情報をいただいた田んぼに行って,双眼鏡で見まわすと,まもなく見つけることができた。下を向いて餌を取っていたようで,最初はお尻に突き出した黒いフサフサが目に入ったが,頭を上げると,まさにツルだった。
かなり遠かったので,回り込んでもう少し近づくこととした。
この途中,ミヤマガラスの群れが入っており,さらにこの中にコクマルガラスもいたため,少し足止めを食ってしまった。先を急いでいたので,証拠写真だけ撮影しておいた。
コクマルガラスは,淡色型でも暗色型でもない中間型だったが,じっくり探せば白いのや黒いのもいたかもしれない。
この辺の道を入るとタンチョウの近くかな,と思われるところを曲がって田んぼに出ると,すぐそこにタンチョウがいた。ちょうどこちら方向にやってくるところだった。
人を恐れない,という情報どおり,どんどん近付いてくる。最初っから近かったので,これ以上近づかれると撮影ができなくなる。しかし,向こうはそんなことお構いなし。さらにどんどん寄ってくる。
まるで人を見つけて集まってくる餌付け場のカモやハクチョウのようだ。
終いには,何と,なんと,私が乗っている車のすぐ前を,ゆっくりと横切って左から右に移動していった。何てこと。ありえない。なんも言えねぇ~。
望遠レンズでは当然撮影できなかったため,この間はコンパクトデジカメで対応。右2枚の写真の色が変なのはフロントガラス越しの撮影だったためだ。向こうは無邪気なものだったが,こちらの方は慌てて一眼レフのレンズを取り換えたり,コンパクトデジカメを取り出したりと,車の中ではパニック状態だった。
このまま歩み去っていくのかと心配もしたが,今度は何とすぐ脇の田んぼで餌を取ったり,羽づくろいをしたりと大サービスだった。
まずは羽づくろいのシーン。
ふわふわの羽がつややかできれいだ。とても温かそう。この写真を見て,この羽根の中に潜りこみたくなるのは,たぶん私だけではないはず。
右端の写真で,羽根の手入れしいるタンチョウの目に注目すると,瞬膜が閉じかかっている。目に羽が入るのを防いでいるのだろう。

何か落ちている物を拾い食いしていたので,何を食べているんだろうと,撮影した写真を確認してみると稲の「落穂」だった。「落穂拾い」していたわけだ。これまでの滞在期間,落穂のない時期もあったので,当然いろんなものを食べて生きてきたのだろうが,このときは落穂が主食のように見えた。水路に入ってし餌探ししているときもあったので,ドジョウやヤゴ,カエルなどの餌も取っていたのかもしれない。
部分部分も見てみよう。
まず翼から。
観察時間が短かったので,羽ばたき場面を撮影することはできなかったが,バランスを崩して羽を広げた瞬間は撮影できた。見たとおり初列風切は白く,次列・三列が黒くなっている。右側の写真を良く見ると,三列風切が長くなっているのがよくわかる。翼を閉じると,この部分が尾のような黒い部分になる。
初列風切の先端が黒いので,まだ大人になりきれていない若い鳥のようだ。
タンチョウの一番の特徴は,「丹頂」という名前のとおり,頭頂が赤い(=丹)ところだ。
この部分に羽が生えていないのは知識として知っていたが,北海道に行って実際に見るまでは,もっとつるんとしているものだと思い込んでいた。まさかこんなにデコデコブツブツとした状態だと思いもよらなかった。遠くから見るときれいだが,至近距離から拡大して見て,これをきれいだと言う人はいないと思う。
この個体は若いので,まだはっきりとしていないが,もっと大人になると一つひとつの赤い肉粒がより明瞭になる。興奮すると赤みを増す部分だ。
この部分は,この2月の北海道行の際,じっくりと観察させてもらったばかりだった。
「部分シリーズ」の最後に,ツル特有の嘴を張っておこう。ツルハシ(鶴嘴)の語源となった部分ははずせない。こんなに太くて立派なくちばしなのだが,このくちばしを使ってちっぽけな落穂を拾っていた。菜箸で米粒を拾うようなものか。こんなくちばしでも,先の方の微妙な感覚があるのだろう。
食べる物とくちばしのギャップが面白い。
昨季,宮城県にソデグロヅルが飛来してきて越冬したが,その個体とこのタンチョウとイメージが重なる。田んぼにひとりぼっちでいるところも同じだし,人を恐れないで生活しているところも同じだ。ただ,宮城と違い,ここは積雪もあるし,水だって凍る地方だ。これから,1月,2月とさらに厳しい季節に入ってくるので,餌を日々確保できるか心配だ。
それにしても,いつまでここにこうしているのだろう。
仲間の場所に帰るか,仲間が来てくれるかしないと気の毒だ。
そういえば,タンチョウを観察しているとき,上空に大きな鳥が飛んできて,双眼鏡で確認したら,オジロワシだった。隣接の大潟村に毎年来ているワシだが,ここで見られるとは思ってもいなかった。考えてみると,ここは西部承水路沿いの田んぼなので,上空を飛んでも何ら不思議はなかった。
さて,若美町に着いてからタンチョウなどを見ていたのが1時間強。もう11時過ぎだ。
これから大潟村に回って,運良く(?)何もいなければ真っ直ぐ仙台に帰ろう。そうすれば,日が明るいうちに家にたどり着けるし,北海道から仙台に帰っているはずの息子ともゆっくり飲める。
で,大潟村は西部承水路側から入って,まずはアンテナ塔周辺田んぼから探し始める。ここはハクガンがよく入る場所だし,ハクガンがいなくてもヒシクイの群れは確実な場所だ。
ところが,この日,この時間,何も見つけられない。田んぼにはヒシクイさえいない。ただ荒漠とした冬枯れの風景が広がっているだけだ。
声がするので振り仰いだら,ヒシクイが上空を通過して行った。
ここで粘っても仕方ない。
「菜の花ロード」の反対側田んぼを通り,県立大農場周辺で猛禽探しでもしてから,仙台に帰ろう。
アンテナ塔側から「菜の花ロード」を突っ切って,道路反対側の田んぼ道に入ると,すぐに小さな鷹が飛んだ。コチョウゲンボウかと一瞬身を固くしたが,尾が長く,中空でパタパタとホバリングを始めた。残念ながら「コ」なしの普通チョウゲンボウだった。しかし,何もいないと,こういう鳥でも嬉しい。(失礼!)
しかも,右端の写真のように,運良く「小翼羽」をきれいに広げたところをところを撮影できた。これはかなり嬉しい。小翼羽は着陸や急旋回のときに揚力(空中に浮く力)を落とさないよう広げるらしい。
チョウゲンボウに集中して気付かなかったが,周りにはヒシクイの群れがいつくか入っていた。アンテナ塔側で見つけられなかったが,こちら側に入っていたようだ。よく見ると小さなガンもいる。マガンだ。マガン単体で見ると結構大きい鳥なのだが,ヒシクイ(亜種オオヒシクイ)の群れの中にいるとまるでカモのようにめんこい。
ヒシクイとマガンも見たし,移動しようかと車を動かそうとしたら,目の端に白いものが見えた。この日はコハクチョウをまだ見ていなかったな,と思いながら,双眼鏡をのぞくとと,これが何とハクガン。それも1羽や2羽ではない。少なくとも20羽はいる。
一旦大潟村に入ったハクガンの群れが新潟に移動した,とは聞いていたが,戻ってきたとは聞いていなかった。3月上旬にまた来ようかと思っていたところだったが,まさかこの日に会えるとは…。
ここからしばらくは夢のような時間。
ハクガンは全部で24羽。子どもが1羽で大人が23羽だった。
昨季は,大潟村に飛来して来たときに25羽で,北に帰るときに24羽だった。帰ったときの構成は不明だが,来たときは子どもが16羽で,大人が9羽だった。
もしかすると,昨季来た群れが再び来てくれたのかもしれないとも思ったが,この夏生まれの子どもが1羽混ざっていたので,少なくとも1羽は入れ替わっているようだ。
昨季の北に帰る時期,配偶者や子どもを連れて100羽位の群れになって帰ってきてほしい,と願っていたが,夢は叶わなかった。やはり現実は厳しい。
繁殖地のウランゲル島(ロシア)での復元計画の実施状況がどうなっているのかよくわからないが,復元への道は真っ直ぐではないようだ。
順調ならば,もっと子どもが混ざっていても良いように思う。
大人と子どもが,昨季と同じ割合の構成になるとすれば,大人23羽で子ども41羽となる。全体で65羽程度いてもおかしくない,ということだ。子どもが少なすぎだ。子どもの色が取れて白くなったとは言え,まだ繁殖するほど成熟していないってことなのだろうか。
そういうことなのであれば,時間が経過すれば,まだ期待できる。
シジュウカラガンは,関係者の努力のおかげで,徐々に羽数を増やしてきているが,ハクガンの方はこれからどうなるのか,先行きが心配だ。
ヒシクイと一緒に行動していたせいか,或いは,子どもが多い群れだったせいか,昨季はやけに警戒心が強く,近くに寄せてくれなかったが,今季はかなり近くまで寄ることができる。地元バーダーなどのおかげで,良い意味で「人慣れ」し,「人が危害を加えない」,ということを学習してくれたからかもしれないし,もしかすると,ハクガン自体,元々それほど警戒心が強くない鳥なのかもしれない。
いずれ,近づけるようになったおかげで,今季は,ハクガン1羽1羽の体の大きさや頭の形,顔付などがわかるようになった。
ハクガンは特徴的な模様がない鳥なので,個体識別するのは非常にむずかしいと思うが,凄い人たちがたくさんいるので,もしかすると,誰かがもう個体識別しているのかもしれない。首輪など目に見える印が付けられていないので,個体識別して,季ごとの動きを把握できないものか。現実的ではないかな。
出会えて(再会して)嬉しかった反面,心配の種も膨らんだ。
ウランゲル島は今どんな状況にあるのだろう。
ハクガン観察後,北上し猛禽類を探したが,ノスリとチョウゲンボウ以外に何も見つけることができず。牛小屋の方まで行ってみたが,もう廃業したのか牛がいない。ネズミなど猛禽の餌も少なくなったかもしれない。

ハクガンのおかげで,ずいぶん遅くなってしまったが,最後にもう一度タンチョウを見てから,仙台に向かった。予定より長めの寄り道になってしまったが,大満足。成果大だった。
しかし,この日,仙台に帰ると,なぜか腰を痛めてしまっており,満足に歩けない状態になっていた。良い思いをしすぎて,バチがあたったのかもしれない。
【観察できた鳥】
(天王-船越)
カモメ,トビ,オオバン,ハシブトガラス,ハシボソガラス,カイツブリ,コガモ,ハクセキレイ,ホオジロガモ,マガモ,カルガモ,ホシハジロ,ウミアイサ,アオサギ,スズガモ,キンクロハジロ,カワラヒワ,ウミネコ,オオセグロカモメ,ユリカモメ,カワアイサ,ズグロカモメ,ハジロカイツブリ,カンムリカイツブリ,スズメ (25種)
(若美-大潟)
マガモ,オオハクチョウ,トビ,ホオジロガモ,ハクセキレイ,ノスリ,ハヤブサ,ミヤマガラス,コクマルガラス,タンチョウ,オジロワシ,ハシボソガラス,アオサギ,ダイサギ,ヒシクイ,マガン,ハクガン,ヒバリ,モズ (19種)
【写真】(どこかにユリカモメがいる。最後のは油田の写真だ。「秋田市民歌」の2番の歌詞にあるように,油田は秋田のあちらこちらにある。)























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